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2014-03-31

あの時のことは忘れない

 ちょっと、なんですか、昔のことを調べてると、余計な事まで分かってしまって、何と言うか、言葉にあらせない気持ちでいっぱいになりますね。

 子供時代の話は、テンションが下がるので、あまりしないのですが、今回、かなりモヤモヤするので、吐き出しときます。

 この話で個人が特定されるのは困るので、あまり詳しくは書きません。断片的ですが昔の友人にはすぐに誰だかわかるかな。私自身の個人的な恨み節です、彼を慕う人の方が多いでしょうが。

 私が通って学校の話です。

 まだ設立したばかりのスポーツ部、私は同系のスポーツの経験があるので、そこの顧問である方から、経験のない部員を引っ張っていける人材として声をかけていただきました。元々、やっていたスポーツからも声がかかっていましたが、そこのコーチが嫌いでしたし、嫌いな奴の為に故障した体にムチ打ってまで、やるつもりもなく、お断りしました。お断りと言っても、軽い話ではなく、連日の呼び出し、それも学校にいる時間、授業中であろうが関係なく。

 その方々、私が進んだ専門科の担当だったんで、専門の授業の時は彼らの独断でどうに出来たんです。

 そんなこんなで、そういうことが何週間か続き、私のやってたスポーツのコーチにやっと諦めてもらった時に、そいつが言ったんです、「こいつは経験があって、あの学校でキャプテンもやってたんで、どうですか?」って、その同系のスポーツ部の顧問に。

 それからというもの、約一年にわたる勧誘が続き、元々やっていたスポーツのコーチには素行の悪い生徒というレッテルを貼られ、身に覚えのないことで呼び出され、ちょっと脱線して相手が変わってきました。
 因にこのコーチからの嫌がらせは、その学校の卒業式まで続きましたが、この方は色々と不正がバレて、学校をクビになり、その後、沢山面白い話を聞かせてもらったんで、まぁ、どうでもいいんですけどね。

 脱線したんで元に戻ります。

 同系のスポーツ部の顧問、勧誘を続いている間はいい方でしたよ、本当に。勧誘の続いている間だけでしたが。

 ある日、勧誘を断ってから、態度が一変。勧誘されなくても専門科が同じでしたから毎日顔を合わせる訳ですが、態度が変わって可成り気まずくなりましたが、やっと諦めてもらって、ホッとしてたんです。多少のいいかがりはありましたが、慣れっ子でしたからね、そんなこと。

 もう、細かい日付や季節は忘れましたが、2年のある日、専門科の実験ルームでの授業中、隣の専門科教官室に呼び出され、

顧問が開口一番「お前、タバコ吸ってるだろ」

私「吸っていません」

顧問「どこで吸ってるんだ」

私「吸っていません」

顧問「誰と吸ってるんだ」

私「吸ってません」

顧問「一人で吸ってるのか」

私「吸っていません」

顧問「家で吸ってるのか」

私「吸っていません」

顧問「じゃぁ、どこで吸っているんだ」

私「吸っていません」

顧問「お前の制服はタバコ臭い」

私「吸っていません」

その頃、本当にタバコなんて吸っていませんでしたから、「吸っていません」としか言えない訳です。

そして、顧問「そうか」

私「失礼します」

 今回の言い掛かりも終わりと思って教官室をあとにしようとしたら、

顧問「机に手をつけ」

私「・・・」

 今回はかなり虫の居所が悪いようで、私は何をやられるか察しがつきましたが一発で終われば、この場をされると思って、仕方なく「私はタバコを吸っていませんが、言われる通りにします」と素直に机に手をついたんです。

 勘のいい人はわかると思いますが、俗にいう尻バットです、教育というなの犯罪。

顧問「嘘をつくな」

いきなりフルスイング、顧問「一発っ」持っていた棒は折れ。

私「失礼します」

顧問「まだだ」

そして私はまた机に手をつき、顧問は新しい棒を手にして

顧問「二発、三発」

棒は折れ、私はただ我慢するのみ。

顧問「四発、五発」

棒はまた折れて、一旦やんで、私は踞って、そして立ち上がり、部屋を後にしようと思い、

私「失礼します」

顧問「後、五発」

後の五発はどうやって耐えたかわかりませんでした。

 その状況を見ていたのは同じ教官室にいた先生方、教官室は窓越しに実験ルームから丸見えですので、私のクラスメート約40名。

 十発の知りバットを耐えて、痛みに耐えながら実験ルームに戻り、あまりの痛みで座ることも出来ず、その日あったことは担任の耳にも入っていて「大丈夫か?」私は何も応えず、座らなければ、なんとか痛みを我慢できたので、気持ちが悪くなりながら、授業を受け、片道40分の自転車通学でしたから、なんとか立ち乗りで家に帰りました。

 殴られたとこが腫れているのは理解してましたが、制服を脱ぐまではとんでもない事になってる事には気付きませんでした。
 
 私の太ももとお尻、真っ黒だったんですよ、内出血で。それも横から見てもわかるぐらいです。

 それから真っ黒だったお尻と太もも、元の状態に戻るまで半年近く、その状態でも学校には通ういましたが、椅子に座れないので中腰だったり授業中立っていたり、普通に椅子に座れるまで一ヶ月以上かかりましたね。

 顧問はそれ以来、私には一切嫌がらせもせずにいましたが、私は、いつか必ず殺してやると心に誓って学校に通っていましたし、その顧問に学校であってもずっとシカトしてましたから。

 この時にわかった事は犯罪者の大半は学校が作ってると確信しましたね。私自身も下手にやり返していたら、犯罪者の仲間入りにされるような状態ですから。

 警察も学校のOBばかり、私の家族はよそ者、そして馬鹿は許される。


その後、一度だけこの顧問にあった事があります。一つ下の友人が甲府であるインターハイに出場するってのを知って、東京から近いから見に行った時に、会場であいましたね。

 私は無視してたんですが、向こうから話しかけてきたんで、顧問の教え子がいる前で罵倒し、お前を恨んでるから近寄ってくるなって。夜に別の友人も一緒だったんでその友人が間に入ってお酒を飲みましたが、「謝っても私は恨んでる事には変わりないので、謝らないでくれ」と言って、それ以降顧問がどこで何をしてるか知りませんでしたね。

 昔の事は調べない方が本当、身の為です、よけいな記憶を呼び覚まされてしまって、でも、何かちょっと、すっきりした。

 どこの学校か言えませんが、その顧問は学園長になっている。結局、身勝手な連中ばかりが得をすることですかね。

 どんなにいい人になっていようと、それは私には関係ない話で、許してくれって、思うなら一生それを背負って生きてください。私には出身の学校に愛なんてないし、まして許す気もない。会わないでいるだけで幸せ。遠くにいて、時が気持ちを楽にしてくれる。


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